狂気

ありきたりではない美しさとか、はかないけれど正しい心のあり方にもう少ししっかりと目をやって、それが自分たちもみんなと同じように正常で人間的なんだというぼくらの確信と結びつけば、またそれが他の子供たちがするように美しい初雪が降る時に舌を突き出すといった単純な問題ではないことを知った上で、なおぼくらがこの現世で多少のお役に立とうとするのを誰が妨げることができようか。ぼくらが自分の全力を尽くして、しかもできるだけ目立たないように動くという条件で、なおそれを妨げることができる人があるだろうか。「沈黙よ！前進せよ、されど何人にも告ぐな！」と比類なきチャン・サムダップは言っている。まったくその通りだ。実行はひどく難しく、広く嫌われてはいることだけどね。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（『ハプワース16、一九二四』J.D.サリンジャー 原田敬一訳）