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狂気ともこと地獄のドライブ

(30分)

あいまいともこ
――私は死んだ子供のために、もう一度子供を生んで、死んだ子供が見たり読んだり、したりしたことを全部話してあげる……死んだ子供の話していた言葉を新しい子供に教えてあげるお母さんになろう、と思ったんです。
(中略)
 そういって、もう顔じゅう真赤にして、それを隠さず浦さんは声をあげて泣いた。
 千樫には、誰であれ泣いている人の脇で――吾良の死の後、テレビカメラに向けて泣きながら話す健気な梅子さんを見ていてすら――居心地の悪い思いを避けることができなかった。それでいて、千樫は、ハーヴァードうんぬんの意味づけこそよくわからなかったが、いま穏やかな心でいることができた。泣いている浦さんには、しっかり自立した人間が大人の仕事として、心をこめて泣いている様子に共感していた。吾良が別の局面についていっている言葉と似てきてしまうけれど、泣いている浦さんの意志的な抑制と、豊かな流露の調和に健康な自然さを感じた。そしてこの人が妊娠によって窮地に立ちながら、自分の希いをつらぬこうとしている以上、私に力をかすことができるなら、それをしよう、と考えていたのだ。
                                   (『取り替え子』大江健三郎)
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