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【生放送】大山顕×渡邉大輔「遍在するカメラと『顔』の時代――『新写真論』と『新映画論』が拓く新メディア論」 @sohsai @diesuke_w #ゲンロン220421

CH一部無料
(5時間38分)

ゲンロン完全中継チャンネル提供:合同会社ゲンロンカフェ

最後まで視聴するには、ネットチケットの購入が必要です

※ 本イベントは、シラス「ゲンロン完全中継チャンネル」からも配信をいたします。放送開始から6時間を超えてイベントが続いた場合、ニコニコ生放送では配信を終了しますが、シラスでは有料で延長配信をおこないます。

番組チケット(1000円)のご購入
https://ch.nicovideo.jp/genron-cafe/live/lv336341932

登壇者への質問募集中
https://forms.gle/5x6mmRabKh6YuTVn6

【イベント概要】
いまや空気のようにわれわれの生活を取り巻くスマホ上の写真や動画。しかしよく考えてみれば、これは一昔前には想像もできなかった近未来SFのような状況です。
ゲンロン叢書がお送りする新メディア・スタディーズは、そんな時代を鋭く分析する新しい人文知を目指すシリーズ。このたび、同シリーズから『新映画論 ポストシネマ』の渡邉大輔さんと『新写真論 スマホと顔』の大山顕さんをお招きし、対談イベントを開催します。
『新映画論』と『新写真論』は、それぞれ異なる対象を扱いながらもいくつか強く響きあう問題意識を持つ2冊です。
そのうちのひとつが「顔」の問題。スマホの時代、人々はSNSで顔写真をシェアするために、これまでとはちがう表情をするようになったと大山さんは指摘します。他方渡邉さんが記すとおり、映画ではスマホにあわせた顔のクロースアップが急増しました。ZoomやYouTubeによって顔の映像が増えたことは、人間に無意識の変化を与えています。
さらに、イメージが人間以外の存在に開かれているのがいまの世界です。クラウド上にアップされた大量の映像はAIによって判別されています。『新写真論』は「写真は人間を必要としなくなるのではないか」と提起し、『新映画論』は人間が「絶滅」したあとの、モノとしての映像が自律する世界を思い描いています。
そのような視座を共有するふたつの著作を、それぞれの著者はどう読み、なにを考えたのか。人間が「顔」に回収され、モノとフラットになる現代の映像を、徹底的に語り合います。ゲンロンがお届けする新メディア・スタディーズ対談をお楽しみに!
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東京西五反田に位置する「ゲンロンカフェ」。作家、学者、政治家、ジャーナリスト、クリエイター、経営者ら、時代のキーパーソンが集う新型トークイベントスペースの模様を完全中継。