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【福岡県篠栗町】篠栗四国八十八ヶ所お遍路プロジェクト

公式
(10時間29分)

ニコニコエンタメチャンネル提供:株式会社ドワンゴ
インターネットを通して日本三大新四国霊場の一つ、福岡県糟屋郡篠栗町(かすやぐんささぐりまち)にある篠栗四国八十八ヶ所(篠栗霊場)の魅力を発信する「福岡県篠栗町 篠栗四国八十八ヶ所 お遍路プロジェクト」がクラウドファンディングを開始!

本放送では、プロジェクトの一環として篠栗町、篠栗霊場を訪れ「地域、文化、歴史、人」を掘りおこし、篠栗の魅力を生放送でお伝えいたします!


本放送の楽しみ方
番組は、「篠栗四国八十八ヶ所霊場」第1番札所の南蔵院本堂前からスタート。返礼品となるお砂を土砂(どしゃ)加持(かじ)し、篠栗霊場をラン&ウォークで巡る「SRW88」の皆さんにも協力をいただきながら八十八ヶ所を参拝します。その間、番組出演者である、みほとけちゃんと篠栗町 地域おこし協力隊の溝口さんが、世界一大きい南蔵院の釈迦涅槃像を拝観し、滝行、森林セラピーなどを体験して篠栗の地を巡ります。お昼には、第65番札所の三角寺が営む宿坊で精進料理をいただきます。番組最後には、生放送チームと「SRW88」ランナーの皆さんが八十八ヶ所へすべての札所を参拝し終え、一ヶ所に集まり「結願(けちがん)」したお砂を護摩の炎でお加持します。

返礼品は、番組で特別な法要でお加持し、篠栗の皆さんによって結願された特別なお砂と、奉賛の証として「御礼の印」をお送りします。
本プロジェクトを通して、篠栗の地を訪れたくなるきっかけづくりの一助となればと考えています。

・生放送を通じた「オンラインお遍路」体験!
・町の70%以上を森林が占める篠栗町の美しい景観を堪能
・世界最大の涅槃像(ねはんぞう)など美しい仏像を堪能
・お遍路の作法、お遍路の楽しみ方を堪能
・精進料理、和スイーツを情報を堪能
・篠栗町の歴史を堪能

出演者
番組MC:みほとけ(お笑い芸人/お寺・仏像研究家)
みほとけ

案内:篠栗町 地域おこし協力隊/溝⼝聖⼦
篠栗町 地域おこし協力隊/溝⼝聖⼦

協力
【篠栗霊場】
篠栗霊場 法青会(第1番札所/南蔵院 林覚竜、第14番札所/二ノ滝寺 桐生智弘、第34番札所/宝山寺 山本宝雄、第43番札所/明石寺 荒巻恭海、第61番札所/山王寺 松下真明、第62番札所/遍照院 西悠円、第65番札所/三角寺 三船善弘、第87番札所/弘照院 城戸康伸、番外札所/明王院 高瀬弘隆)

第1番札所/南蔵院 林覚竜 第14番札所/二ノ滝寺 桐生智弘 第34番札所/宝山寺 山本宝雄
第43番札所/明石寺 荒巻恭海 第61番札所/山王寺 松下真明 第62番札所/遍照院 西悠円
第65番札所/三角寺 三船善弘 第87番札所/弘照院 城戸康伸 番外札所/明王院 高瀬弘隆

【篠栗町】
一般社団法人篠栗町観光協会(篠栗四国霊場会、若杉霊峰会、篠栗町料飲店組合、篠栗町旅館組合、篠栗町商工会)


SRW88/中田佳弘
SRW88ランナー
篠栗町長/三浦正、森の風・篠栗/森林セラピスト 品川静、石井絵理、
写真家/マツモトカズオ(steeldog photo)
and more...

【ディレクション】
株式会社glass

福岡県篠栗町 篠栗四国八十八ヶ所 お遍路プロジェクトとは?
昭和の時代には宿坊に収まりきれないほど参拝者が訪れていた霊場も、時代の変化と共に人々の記憶から存在が薄れていき、新型コロナウイルス感染拡大後は、観光客・参拝者の数が大幅に減少しています。そこで、若い僧侶を中心に篠栗をどのように盛り上げられるか考慮した末、コロナ禍で浸透したオンラインでのコミュニケーションに着目し、インターネットを使って篠栗の魅力を発信していくプロジェクトを立ち上げる運びとなりました。


クラウドファンディング概要
クラウドファンディングURL:https://camp-fire.jp/projects/view/520541
寄附募集期間:2021年11月19日(金)~12月31日(金)
目標金額:500万円
寄附使用用途:篠栗の魅力を掘り起こし、広く伝える活動へ使用させていただきます
返礼品:土砂加持を護摩焚きし結願された特別なお砂、御礼の印
      ※支援金額に応じてリターン内容は変動します。
詳しくはクラウドファンディングページをご確認ください。


篠栗四国八十八カ所(篠栗霊場)とは
「篠栗四国」は、香川県の小豆島四国、愛知県の知多四国とならび、日本三大新四国霊場として有名な霊場です。その始まりは1200年前。唐から帰朝した弘法大師(空海)が若杉山で修行したことから霊験あらたかな地として知られるようになりました。その後、1835年にこの地に立ち寄った尼僧慈忍が八十八ヶ所の霊場の創設を発案。慈忍の死後はその意志を受け継いだ藤木藤助翁が苦心を雲ね、1854年、ようやく八十八カ所の札所が整えられました。
霊場の画像