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3.11特集「被災ケーブルテレビ局が捉えた魂の記録映像」

公式
(1時間44分)
東日本大震災 3.11 特集提供:株式会社ドワンゴ
未曾有の大惨事から約150日
地元のケーブルテレビ局の製作者たちは
命がけでカメラを回し続けた。


地震発生後の悲惨な被害現場や避難所の様子から
震災後5ヶ月を迎える市街地の復興状況、
困難な状況に屈せず復興に向けて前向きに取り組む人々の表情までを、
東北地方のケーブルテレビ局のなかでも、とりわけ甚大な被害に見舞われた
三陸ブロードネット、気仙沼ケーブルネットワーク、
宮城ケーブルテレビの製作者たちが捉えた魂の映像をネット初公開。

1.三陸ブロードネット(岩手県釜石市)
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2.気仙沼ケーブルネットワーク(宮城県気仙沼市)
<imgsrc="http: nl.simg.jp="" img="" 201403="" 345781.bfb73c.png"="" width="250" height="140">

3.宮城ケーブルテレビ(宮城県塩竈市)
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協力:社団法人日本ケーブルテレビ連盟 コンテンツラボ

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東日本大震災 3.11 特集
「東日本大震災」関連のニュースや特別番組などをご紹介しております。
3.11特集
気仙沼で震災復興ボランティア


番組資料
取材を行った被災ケーブルテレビ局からのメッセージ

1.三陸ブロードネット(岩手県釜石市)公式サイト<ahref="https: www.facebook.com="" pages="" 荳蛾匣繝悶Ο繝シ繝峨ロ繝・ヨ譬ェ蠑丈シ夂、セ="" 117459268331013"="">Facebook
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〈Message〉
震災から3年が経ちましたが、街が復興して、人々が住み始めてこそ、ケーブルテレ
ビはできる。
土盛りや高台への集団移転計画は発表されたが、実際にいつ、どのように人が住み始
められるのかまだまだ読めない状況です。
地上波テレビでは復興関係の情報はどんどん減っていくなかで、我々に対する地域情
報のニーズは高くなっています。
厳しかった3年を乗り越え「やるべきことが見えてきた」いま、みんなの工夫やアイ
デアで被災ケーブルテレビの復興への道を進んでいきたいと思います。

 三陸ブロードネット放送制作部
 加藤彰

2.気仙沼ケーブルネットワーク(宮城県気仙沼市)公式サイト
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〈Message〉
東日本大震災が発生してから、早いもので3年となります。震災当時は、会社も自宅も被災してしまい、避難生活をしながら毎日、取材活動を続けていました。振り返ってみると、地震の発生から復興へと動き出したこれまでの間、無我夢中でカメラを回し続けていたように思います。未曽有の大惨事を経験しましたが、職場の仲間と家族が無事だった事がなによりもうれしく思います。全国から様々な支援を頂き、震災から10ヶ月後に自主放送が再開できました。これからも、街の姿や人々を紹介しながら、地域と共に歩んで参ります。

 気仙沼ケーブルネットワーク
 小野寺勇人

3.宮城ケーブルテレビ(宮城県塩竈市)公式サイト
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〈Message〉
発災直後もそうでしたが、あれから3年経って
あれは一体何だったんだろうと、考えることがあります。
人として、そしてメディアで仕事をしている者として。
世の中的には、何かイベントごとのように取り上げる風潮が感じられ
特に民放テレビは、憤りを感じるコトもありました。(いまもそうです)
地元局は、多分社員は、私たちケーブル局と大差ない状況だったと思います。
まぁ、津波に流されたテレビ局はなかったですが。。。
そこへ、キー局から大量に人や機材や食料・燃料が供給され
被災者のプライバシーに土足で踏み込んでくる取材のやり方。
私たちが何時間も並んで、やっと数リットルわけてもらえる燃料も
お金の力で、ガソリンスタンドまるごと押さえてるとも聞きました。
そんな人たちに、街を破壊され家族を奪われた人の気持ちを伝える番組が撮れるでしょうか?
私たちには、そんなやり方は出来ません。
地味でも、つまらなくても、本当に地域の人に必要とされる情報、
元気を取り戻し、頑張って生きていこうと思えるような番組を、これからも作って行きたいと思っています。

「何も出来ない」のは、もう分かりました。
でも、備えがまったくないよりは、少しでもモノや心の準備しておけば、いくらかでも拠り所にはなると思います。
私自身、講演などに呼ばれる度にお話しするのは「これ(番組)を見てくれる人の気持ちになって作る」というコト。
いくら決定的瞬間を押さえても、それで傷つく人がいたのでは何の価値もありません。
あの時 流行った(?)言葉は「絆」でしたね。結局は人なんです。
今年のウチの震災特番は、その「人」にスポットを当てます。
市役所に職員派遣で来てくださっている全国の自治体との交流をピックアップし(恐らく市民は知らないでしょうから)
それがきっかけで始まった様々な交流・絆というものを紹介しようと思っています。

 宮城ケーブルテレビ 放送部
 篠原正崇</imgsrc="http:></imgsrc="http:></imgsrc="http:></imgsrc="http:></ahref="https:></imgsrc="http:></imgsrc="http:>
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